レストラン「歩人」で調理に時間がかかる訳

観光地である美瑛に店舗を構える歩人のレストランは、シーズン中、沢山のお客様をお迎えいたします。

とてもありがたい事と、社員一同感謝いたしております。

しかし、加工場併設の試食を兼てという理由で営業しております店舗はとても小さく、一度にたくさんのお客様が集中すると、長い時間お待ち頂くこととなってしまいます。

また、ご注文を頂いてからお料理をお出しするまでに、予想以上のお時間を頂くこともあります。

そこで、お客様から頂く苦言で多いのが「温めて盛り付けるだけなのに、どうしてこんなに時間がかかるの?」ということです。


歩人は、食肉加工専門店です。

我々は、我々が考える「おいしい」をお客様に味わって頂きたく、原料を吟味し、製造工程を生化学的に突き詰め、衛生面を微生物の生態から学び直し、食い付きの良い製品ではなく、飽きのこない製品を作ることを深く考え、日々工場に立っております。そこで一番大事にしていることが、添加物の力を使わず肉の力だけでソーセージの組織を作り上げるということです。

塩に溶ける性質の蛋白質が筋肉には多量に含まれており、肉を塩漬けにすることにより塩溶性タンパク質を肉の組織から外に溶け出させます。

そのタンパク質が60~70℃で、立体的な網目状のゲルを形成することを利用して、ソーセージは弾力のあるジューシーなソーセージ・エマルジョンと呼ばれる組織に生まれ変わります。

ですが、大腸菌を死滅させ衛生的な製品にするため、製品の中心温度を63度以上で30分加熱しなければなりません。

同時に、理想的なソーセージ・エマルジョンを作るため、製品の全ての部分で70℃以上にならないよう加熱します。

そのような条件を踏まえ、ウィンナーのような細い物ですら74℃のたっぷりのお湯で、湯温が70℃前後になるまで45分をかけてボイルしています。

太目のボロニアソーセージは約90分、ロースハムに至っては、3時間前後の時間をかけてゆっくりと加熱しているのです。

肉と塩漬材と香辛料のみを原料とした製品を最高の食感で味わって頂くには、繊細で緩慢な加熱方法を行うことでしか満足できるおいしさをお客様に提供できません。


そうして作った製品を理想的なソーセージ・エマルジョンのままお料理としてお客様に提供するためには、ファーストフードのような調理方法はとれないのです。

調理している最中にお湯の温度を緩やかにあげていくため、ワンオーダー毎の加熱となり、手間と時間をかけての調理となります。

歩人の製品を熱湯で短時間で加熱すると、工場での製造の苦労がすべて無駄となり、ソーセージの組織の委縮したものとなってしまいます。

参考に40年前に私が学生時代に撮影した電子顕微鏡写真をご覧ください。

上から「70℃」「80℃」「95℃」で30分加熱したアクトミオシンの写真です。


  

明らかに、温度が上がるに従って組織が委縮していくのが分かって頂けると思います。

この立体構造のゲルがバネのように弾力を生み、その空間に肉汁を閉じ込めるため、おいしいソーセージは出来上がります。

少し説明が専門的になりすぎたかもしれませんが、歩人を訪れてくださる皆様に、本当においしい製品を召し上がって頂くために、我々がしていることが、お客様から苦情として指摘され、キツイお言葉を頂いたときは、心が折れそうになる思いであることを、是非わかって頂きたく書かせて頂きました。

店内には、美瑛の写真集も置いてございます。

美味しいハム・ソーセージ・ベーコンが運ばれてくるのを、ゆっくりと心地よくお待ちいただけるよう、スタッフ一同努力いたしておりますので、よろしくお願いいたします。


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